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幸福度と悲観度と疑念度による政治

政治がどこを見て行われるか.. という事を整理し直したい。
一つの国の中で力を持った集団が周囲を抑え込み、力を維持するための政治.. に一区切りが付き、政治が国民の手に渡ったというのであれば、もう少し徹底して渡してみても良いのではないかと思う。
選挙は民意を表すというけれど、特にリスクをとってまでして変化を求めていないという程度の事であるかもしれず、政治なんて良く分からないから、知っている人に投票するという程度の結果かもしれない。
そもそも、いくら平等に選挙権が与えられているからと言って、これから起こる事を正確に予想し、恐らく正しい行動を取るであろう政治家や政党に票を投じるなんて素人には難しすぎる。

そこで、誰でもある程度の正確な意見を述べる事ができる、結果を元にした選挙を行うのはどうかと思う。
まず、政治家は国をより良くするために必要な資質を備えた人間を、採用試験によって選んで欲しい。その上で、トップは国民であるという意識から、年に一度、国民が政治の結果を判断する場を設け、いくつかの項目から、マジョリティの意見として8割以下の幸福度、マイノリティの意見として2割以上の悲観度を解散の基準として、また、行われた全ての政策に対して5割以上の疑念度を抱かれたら無効とするなど、政治家は常に癒着の余裕など一切ないほどに、全力で国民の顔色を伺い、政策を行う際にも十分な理解を求めながら進めていくというのが、健全な形ではないかと思う。
国民は結果だけを追っていればいいので、政治に無関心でも政治に対して影響力を持つ事ができるし、より一層自分の身の回りの事に集中して日々を送る事が出来るようになると思う。細かいことは分からないけど、結果的にある程度幸福であるかだけを判断すれば良い社会。仮にそんな中で政治の中に多少の汚職があったとしても、それぞれがある程度幸福であるのなら、さして気にならないのではないだろうか。

by uskpn | 2020-06-14 23:40 | 社会 | Comments(0)