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良い差別と悪い差別

そもそも悪い差別とは何かという事を考えた時に、傷付いたら差別だとか、差別だと感じたら差別だとか、そういった主観的な観念で差別を捉えてしまうと当事者が主張したもの全てが差別になってしまい収集が付かなくなる。
悪い差別とは、差別的なバイアスにより、本質が軽視され、先入観により当事者が好まざる方向に判断をされてしまう事.. とするのがシンプルだと思う。特に当事者が好まない差別的なバイアスが、集団により共通の価値観として共有されて広がってしまった時には、大きな声を持って是正を訴える必要があると思う。
ただ、最近の差別関連の情勢を見ると、差別的なバイアスの要因となった概念を認識する事自体が差別であるという偏った主張に傾倒しているように思う。「美白」は価値観の一つであって、「小麦色」もまた価値観の一つ。「美白」の人は清廉潔白で、「小麦色」の人は佞悪醜穢というのであれば話が違うけれど、肌が白い、肌が黒い.. という概念自体をなかった事にしようとしているようにさえ思える。ジェンダーの問題もそう。男性と女性の差異をなかった事にしようとしている風潮もあるけれど、男性と女性の差異は明確にある。問題は差別的なバイアスであって、差異を認めるべきではないという事ではない。
もう一つ。差別的なバイアスを伴わない差別について。
社会的に問題になるのは、特に、当事者が好まない差別的なバイアスが、集団により共通の価値観として共有されて広がってしまった時だと思う。ただ、社会的に問題になりにくい差別もある。それは、擁護した者が不利益を被る可能性がある場合や、差別的なバイアスがある程度的を得ている場合に起こる。例えば、オタク差別や、痴漢差別など。それらも、当事者が好まない、本質から乖離した先入観がある場合には、差別問題として同列に語られるべきだと思うけれど、協調する事によるメリットが薄く、共感を得られにくい事から大きなうねりを産みにくいのだと思う。
ただ、仮に的を得た差別であったとしても、個人の内面にある多面性の一部を受け取って、全てを暴力的に否定されるような事があったとしたら、それは、差別的なバイアスにより、本質が軽視され、先入観により当事者が好まざる方向に判断をされてしまう事.. そのものであって、悪い差別に該当するものであると思う。
最後に良い差別について。不快に感じる人間がいない環境の中で、当事者を心地良くさせるような差別的態度は、時にはあっても良いと思う。
「よっ!社長!さすが!お目が高い!」など。

by uskpn | 2020-06-30 23:17 | 社会 | Comments(0)