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モラルや権利を主張をするのに人を傷付ける必要がありますか?

共通の敵を作る事で一体感を生み出して、小さな情動を大きなうねりに変えるという事は分かるけれど、最近目に付くのが、高齢者を想定敵とした世代間ギャップ、夫を想定敵とした立場間ギャップなどを作り出して(明確化して)埋める事を目的とした扇動など、具体的な事例を出して共感に潜り込ませる形でモラルや権利を主張するもの。特に、頻発している事例ではなく、レアケースであったりするにも関わらず、状況分析もなされないままに一方的な視点からの主張のみで決め付けによる扇動が行われているケースもあり、そういった扇動に安易に乗る事自体へのモラルも問われるべきではないかと感じる。
その際、利用されるのが想定敵。そこには確実に血が流されていて、それにより傷付いている人がいる。それ以上に扇動により生み出された共感の渦は強大で、うねりをもって想定敵となった当事者を捻り潰す。そこに、何か陰湿なものを感じてしまうので、本来の主張そのものは理解ができるのに、全面的に賛同できないという事もある。(自分自身、知らず知らずのうちにそういった事をしてしまっているかもしれないけれど..)
かといって、共通の敵を作らずにバズるというのも、難しいのかもしれない。では、どうすれば良いのか。影響力(権力)のある人間が、数字をもって、改善の必要があると認識して、行動に移せば良いと思う。まずは、そういった事例を集める場が必要。それがないから、陰湿なバズに頼るしかないのかもしれないし、逆に、バズる事すらできない人は埋もれてしまうかもしれない。きっかけは事例でもいい。ただ、そこに続く大きなうねりには、実態が必要だし、数字の裏付けがなくてはいけない。
例えば、痴漢の被害報告があったとしても、それは主観の一つでしかなく、社会的な実態とイコールではない。それを数値化するために「痴漢レーダー」というアプリが開発された.. そういう流れは建設的で良いと思う。ただ、数字は捏造される事もあるし、切り取り方によって異なる姿を見せる事もある。そういった事にも留意した上で、適切に実態を切り取って、影響力(権力)のある人間に示す事ができれば、特定の誰かを必要以上に傷付ける必要はないと思う。

by uskpn | 2020-07-12 02:33 | 社会 | Comments(0)