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そもそもギャンブルが良いのか悪いのかという事を考えた時、失われるものの大きさと、後に残されたもの、そこに要される時間を考えた時に、それにより不幸になる人がいるのであればない方がいいし、それでも人に迷惑を掛けずに幸せでいられる人がいるのであればあっても良いという感じ。
ただ、人の本能のエラーに付け込んで多くのケースで資産を必要以上に吸い上げる、非生産的なギャンブルという娯楽は個人的には不要だと思う。
それを無くそうというのは簡単だけど、ギャンブルの面白さを生産性に繋げる事ができれば、評価はまた違ってくると思う。
虚無を生み出すギャンブルは公営も含めて全て禁止。代わりに、自分にBETするタイプのギャンブルは大いに推奨すればいいと思う。自分にBETするタイプのギャンブルでは負けても後に残るものがある。ギャンブルの種類は格闘技や陸上競技、書道や絵画など多岐に渡る。それにより今の社会では食えない画家でも、全国のギャンブル場を渡り歩けば稼ぎを得る事ができる.. かもしれない、というのもギャンブル。勝ち続ければ倍率が下がってくるので、また違うジャンルのギャンブルに参戦する事になり、次々とスキルを獲得する事もできる。取り分や倍率はBET総額も考慮して計算する形にすれば、単に高額をBETすれば買った時に無尽蔵に利益が得られるという事でもなくなり、周りにスポンサーが付いて過剰にエスカレートするといった事も起こりにくくなるように思う。あとは能力のない人間でも勝てる可能性を得られるよう、ハンデなど.. 多少のギャンブル性も追加すれば。

by uskpn | 2020-06-29 22:33 | 社会 | Comments(0)

宮内庁は日本庁に

宮内庁の存在や、天皇の役割についてはどことなく違和感を感じる人も多いと思う。
それでも、そういうものだからと受け止めてみたものの、「内閣総理大臣を任命」とか、「国会の召集」なんて言葉を聞くと、どことなく今の時代には合わない、旧時代の名残のようなものを感じる。それが日本に限らず、イギリスの王室に対しても同じような印象を抱く。
人間がバラバラに生きている世界では、全体をまとめて言う事を聞かすのには暴力が一番手っ取り早い。それは今でもあまり変わらないけれど、そうやってまとめられた人間も世代が変わるとまた言う事を聞かない者が出てくる。それらを統括するのに、白いものも黒と言わせるような圧倒的な存在がいた方が効率が良い。けれど、圧倒的な存在の立場が奪えるものだと、その立場を得ようと内乱が起きる。それを防ぐには、例えば神という代替の効かない圧倒的な存在をトップに据えた集団を形成したり、世襲による圧倒的な統治行うのが有効であるように思う。長く続いた江戸時代も世襲による統治だった。世襲による圧倒的な統治の座を奪うには、お近付きになって婚姻関係を結ぶという、暴力と比べると穏やかな手段を用いる事になり、争いの少ない集団統治という点では良いものの、時にはその圧倒的な権力の歯止めが効かなくなり、多くの人にとって好ましくない方向に集団が傾いてしまう危険性も孕んでいる。そんな中、気が付くと人間はそうバラバラでもなくなっており、標準化された教育と、通信手段の発達により、やんわりと集団で生きるための規律を共有できるようになってきた。そうなると、圧倒的な存在による統治よりも、その時々で、より合理的な判断をできる者が、適当な手段で入れ替わりながら統治を行った方が妥当なのではないかと、暴力的な指導を受けなくても、自分たちはより良いものを判断して、その指示に従えるよと、そういった集団としての特性が変化してきて、選挙政治によって人々がまとまってきているのが今の状況。それもまだ途上であり、次のステップもそう遠くない未来に訪れるとは思うけれど、そんな中、一つか二つ前の制度を引き摺っているのが、今の宮内庁だと思う。
今の日本の歴史を形作ってきた天皇家と将軍家。それらが無形文化財のような形で柔らかく保護される事は良いと思う。ただ、集団としての特性が変容してきている今、どこかで政治とはきっぱり切り離すタイミングが必要なのではないかと思う。
宮内庁は日本庁に。日本庁は日本国民統合の象徴として、歴史に誰よりも真摯に向き合い、それを守ると同時に、時には変化を求めながら、これからの日本の在り方を、今の政治の在り方に拘らずに誰よりも真剣に考える、そんな省庁として独自の立場を歩んでゆけば良いのではないだろうか。

by uskpn | 2020-06-27 18:42 | 社会 | Comments(0)

家賃が高い、給料が安い、といった声を聞く。確かにそうだと思う。
だけど、地方に行けば給料は更に安いかもしれないけど、家賃は安いし、土地も安い。
それじゃ、地方に家を買おうかな?と思い立った時、思い出されるのは家族や親戚、友人達との距離。
距離が離れれば移動に時間が掛かる。移動に時間が掛かるという事は交通費が掛かる。
せっかく地方に引っ越したのに、事ある毎に交通費が掛かるのでは元も子もない。それがネックになってしまう。
地方がどんなに魅力的になっても、テレワークでどこでも仕事ができるようになっても、足枷になるのは交通費だと思う。一度地方に行ってしまえば二度と出られない。まるで底なし沼のような状況を生み出してしまうのが高過ぎる交通費。
ではどうすれば良いか。新幹線の運賃を10分の1にすれば良い。

東京・大阪間は新幹線であれば2時間ちょっとで移動できる。ただ、掛かる費用が往復で3万円くらい。そんな大金を支払って気軽に行き来なんてできるわけがない。4人家族で月に1回行き来しただけで賃貸のグレードを2ランクアップできる。それが、運賃が10分の1になったら往復で3千円。月に2回は余裕で行き来できる。
特に新幹線は満を辞して日本中を繋いでいる花形の交通インフラ。まずは新幹線の各駅を中心に都市機能を分散化し、地方の魅力を高める事で、価値の偏りを緩和し、日本全体をより活性化できるのではないだろうか。

by uskpn | 2020-06-27 03:32 | 社会 | Comments(0)

学校からいじめをなくす方法。そもそも、授業が終わると同時に先生が教室からいなくなるという状況をなくせば良いのではないだろうか?
クラスにはメインの学級担任を1人、加えて、週毎に担当を変更する非常駐型の副担任を1人置き、常にどちらかが教室にいるようにすれば良い。その状況でいじめが起きた時に学級担任が「知らなかった」などと答える事はなくなるだろうし、女子達が「先生に言うからね!」と声を荒げる事もなくなる。
職員室などは不要。先生同士が話し合いの場を持つ必要があるのであれば会議室などを使えば良い。ただ、先生も一日中教室に閉じ込められていたら神経が擦り減って耐え難い状況になるかもしれない。けれど、それこそが生徒達の置かれている状況であって、生徒達は自分たちでその状況を変えられないストレスから、いじめを発散の捌け口にしているという事もあるかもしれない。先生は大人である。一日中教室に閉じ込められているという耐え難い状況を変える力を持っている。そうして改革が進んだ先に、今よりも過ごしやすい、生徒も先生も教育と自由とを満喫できる環境が出来上がるのではないだろうか。

by uskpn | 2020-06-27 02:36 | 社会 | Comments(0)

市民に一番近いのは町内会だと思う。町内会が強ければ犯罪の抑止力にもなるし、より現実に即した施策を行う事ができる。その町内会が形骸化している。
市民は監視され、管理されている。そのために張り巡らされた、警察と消防と郵便と医療と通信とエネルギーと給食と教育機関の網を、そのまま町内会の活動に転用できないだろうか。
警察と消防と郵便と医療と通信とエネルギーと給食と教育機関の関係者により組織された町内会は、従来の町内会よりもずっと機能的で、参加する意義のあるものになる。SNSによる情報共有でも、警察が関与している事で健全性が保たれる。地域の重要な情報は一瞬で行き渡る。マスクは全戸に配る必要はなく、各町内会が必要数を吸い上げて、国に直接伝えればいい。逃亡者や行方不明者が出たら、各町内会で時間を割いて、持ち場を確認すればいい。各地域において、町内会は国よりも具体的で、的確で、有意義な、力を持つ組織になる。
国よりも地方自治体、地方自治体よりも町内会。国レベルの問題は国がやればいい。市民レベルの問題は町内会がやればいい。
町内会を強化する事が、国全体を底上げする事に繋がる。時代に合わなくなってきている町内会を解体、再構築してみてはどうだろうか。

by uskpn | 2020-06-26 01:52 | 社会 | Comments(0)

職業選択の自由など不要

職業選択の自由があっても、自分の理想とする職業に就けている人などそう多くないだろうし、そもそも職業選択の自由がなければ挫折も貧困もなくなる。
早い段階で能力を査定して適性で振り分け、専門の教育を行った方が、より優秀な人材を適材適所に振り分ける事ができるし、結果を残した際に相応の報酬(ポイント)が与えられる仕組みを残せば、モチベーションを維持する事もできる。
就業後は徹底的に自由を満喫し、趣味を楽しむ事ができる。そこで特に目立った能力が発揮された際には、職業の再割り当てを行う柔軟さを残すのも良いと思う。
集団で生きる事のメリットと、個人で生きる事のメリット、その両方を存分に活かす事ができる、真自由社会主義のようなものは実現できないだろうか。
国家は一つの大きな企業となり、現在の企業は事業部になる。真自由社会主義国家では国内で貨幣を使用しない。一定水準の生活必需品は平等に分け与えられ、それ以上の贅沢は、前述の結果を残した際に与えられる報酬(ポイント)を活用する事ができる。真自由社会主義を取り入れている国家間の取り引きでは貨幣を不要とし、必要に応じてお互いに大きな損のない形で相互援助を行う。真自由社会主義を取り入れていない国家間の取り引きでは、限定的に貨幣の取り引きを行うが、原則として相手国の貨幣を使用し、輸出をした際に入手した貨幣を輸入の際に使用すれば良い。
家庭でできる事は国家でもできる。内と外を分けなければ、もっと大きな事ができるのではないだろうか。

by uskpn | 2020-06-21 23:46 | 社会 | Comments(0)

政治がどこを見て行われるか.. という事を整理し直したい。
一つの国の中で力を持った集団が周囲を抑え込み、力を維持するための政治.. に一区切りが付き、政治が国民の手に渡ったというのであれば、もう少し徹底して渡してみても良いのではないかと思う。
選挙は民意を表すというけれど、特にリスクをとってまでして変化を求めていないという程度の事であるかもしれず、政治なんて良く分からないから、知っている人に投票するという程度の結果かもしれない。
そもそも、いくら平等に選挙権が与えられているからと言って、これから起こる事を正確に予想し、恐らく正しい行動を取るであろう政治家や政党に票を投じるなんて素人には難しすぎる。

そこで、誰でもある程度の正確な意見を述べる事ができる、結果を元にした選挙を行うのはどうかと思う。
まず、政治家は国をより良くするために必要な資質を備えた人間を、採用試験によって選んで欲しい。その上で、トップは国民であるという意識から、年に一度、国民が政治の結果を判断する場を設け、いくつかの項目から、マジョリティの意見として8割以下の幸福度、マイノリティの意見として2割以上の悲観度を解散の基準として、また、行われた全ての政策に対して5割以上の疑念度を抱かれたら無効とするなど、政治家は常に癒着の余裕など一切ないほどに、全力で国民の顔色を伺い、政策を行う際にも十分な理解を求めながら進めていくというのが、健全な形ではないかと思う。
国民は結果だけを追っていればいいので、政治に無関心でも政治に対して影響力を持つ事ができるし、より一層自分の身の回りの事に集中して日々を送る事が出来るようになると思う。細かいことは分からないけど、結果的にある程度幸福であるかだけを判断すれば良い社会。仮にそんな中で政治の中に多少の汚職があったとしても、それぞれがある程度幸福であるのなら、さして気にならないのではないだろうか。

by uskpn | 2020-06-14 23:40 | 社会 | Comments(0)

偽善を評価したい

偽善がバッシングされる風潮を感じる。
例えば24時間テレビ、例えば著名人の寄付、例えば山口組のハロウィンイベント。
ただ、偽とは言え、社会的に善と感じられる行為を行なっている事は事実であり、それ自体を否定する事は不毛だと思う。
寧ろ偽善が好感度を得るための手段として目立ってしまうほどに、社会が乾いているという事でもあり、足を引っ張るくらいなら高め合って張り合っていく事の方が有意義なのではないだろうか。余ったお金をむやみに消費させる金持ち相手のビジネスに溶かしてしまうくらいなら、競い合って偽善を行なった方が余程社会の為になる気がする。

上記を踏まえて、積極的に偽善を評価し合う仕組みを作ったらどうだろうか。
赤い羽根や青い羽根のような目に見える形で善意を競い合うものも良いけれど、もっと標準化された善意を自慢できる仕組みが欲しい。企業や著名人はWEBサイトに偽善履歴を掲示し、偽善レベルが一定水準を超える度にランクアップしたりするのもいい。偽善ポイントを稼ぐための政府公認のクラウドファンディングのようなサイトを作り、審査を通った信頼のおける偽善を列挙、参加した事で得られた評価が社会的な評価とリンクするまでになればより良い。
ぷちぷちを潰すような感覚でどんどん偽善を積み重ねる快感。それにより社会システムの歪みで苦しんでいる人の環境がどんどん改善し、自らも社会的に評価を得る事ができる。それこそがWinWinな社会だと思う。



by uskpn | 2020-06-14 00:32 | 社会 | Comments(0)